🚌 路線バスと私の暮らし ー 減便の街で思うこと

私はペーパードライバーです。免許は持っているものの、運転することはありません。普段の移動はバスと電車ですが、特に利用する機会が多いのはバスなので唯一の足となっています。

下関市は車社会と言われますが、私のように自家用車を持たない人にとって、バスは「便利な交通手段」ではなく、生活を支える大切なインフラそのものです。
しかし運転手不足の問題で、バス会社が少しずつ姿を変えています。

🚏 バスに乗るたびに運転手を観察してしまう理由

私はバスに乗ると、必ずといっていいほど運転している様子を見ています。以前からは車内に運転手名のプレートがありましたが、現在はカスタマーハラスメントと個人情報で誰が運転しているのか判りません。でも、年齢は何歳くらいなのか、痩せているのか、太っているのか——つい観察してしまう癖があります。
それは、もし運転手が何かあれば、自分が咄嗟に動かなければならないという気持ちがあるからです。

YouTubeで「路線バス運転手の平均年齢は54.9歳」という動画を観ました。高齢化、人手不足、路線廃止、働き方の厳しさ——どれも現実味のある内容でした。
実際、下関のバス運転手の高齢化が増えています。過去に女性運転手が1人いましたが、今では姿を見かけません。「この人のあと何年続けられるのだろう」そんなことをバスに乗る度にいつも考えてしまいます。

📉 減便の街で暮らすということ

下関市の人口は減り続けています。それに比例するように、バスも年々減便と路線廃止がされています。
私が利用しているバス会社は、毎年のようにダイヤ改正が行われています。今年は奇跡的に避けられましたが、来年はダイヤ改正があると思います。

ダイヤ改正の言葉を聞く度に、胸の奥がざわつきます。
「いつかバス会社がなくなるのではないか」「この路線が消えれば、私はどこにも行けなくなる」
そんな不安が、静かに、でも確実に心に積もっています。

🏙️ 観光に力を入れる街と、暮らしの足のギャップ

下関市は観光に力を入れています。唐戸市場、海響館、角島、歴史ある街並み——確かに魅力は沢山あります。
でも、観光客の賑わいと、市民の生活を支える交通は別物です。

観光地に人が集まっても生活路線が減っていけば、そこに暮らす人の足はどんどん細くなっていきます。
私のように自家用車を持たない人にとって、バスは「なくてはならない存在」です。観光よりも、まず生活の足を守ってほしい——そう願わずにはいられません。

🌱 それでも、バスは私の生活の一部

バスを待つ時間の通りの賑わいと潮風の匂い。停車するバス停のアナウンス。揺れる車内で見える街の景色。
バスは、私の生活の一部です。そして、私の自由を守ってくれる存在です。

だからこそ、減便や路線廃止のニュースを観る度に胸が痛みます。運転手の高齢化になる度に心がざわつきます。ダイヤ改正になる度に不安になります。
でも、今日もバスに乗ります。そして、運転手の運転する姿をそっと見つめます。「どうか安全に、どうか長く続けて欲しい」そんな願いを胸に抱きながら。

🚍 皆さんは、普段どんな交通手段で移動されますか

車でしょうか。電車でしょうか。それとも、私と同じようにバスでしょうか。
もしよければ、あなたの”移動の風景”も教えてください。暮らしの足について語り合えることは、きっと私にとって励ましになると思います。