🏬 大丸下関店の閉店に寄せて ー 77年の歴史と、私の思い出
2026年6月30日、大丸松坂百貨店から「大丸下関店が来年8月末で閉店する」という発表がありました。開業から77年、長い歴史に幕が下ろされることになります。
ニュースを観た瞬間、胸がぎゅっと締め付けられるような気持ちになりました。下関で生まれ育った私にとって大丸はただの百貨店ではなく、人生の節々に寄り添ってくれる場所だからです。
📉 時代の流れとともに変わっていった街の風景
大丸下関店は1950年、大丸と当時下関を拠点としていた大洋漁業(現ウミオス)の共同出資で開店しました。最盛期の1992年度には売上高が約340億円に達し、下関の中心街を象徴する存在でした。
しかし、人口減少や消費者ニーズの変化は避けられず2025年度の総額売上高は68億円とピーク時の5分の1に。7年連続の最終赤字となり、遂に閉店が決まったのです。
山口県内の百貨店は次々と姿を消し、周南市の近鉄松下百貨店(2013年閉店)、宇部井筒屋(2018年閉店)に続き、残るは山口井筒屋のみとなりました。
時代の流れとはいえ、寂しさは隠せません。
🎡 シーモールの屋上に遊園地があった頃のこと
1977年に竣工した当時私は小学4年生でした。シーモールはまさに「夢の場所」で、大丸、シーモール、ダイエーが揃い、街は活気に満ちていました。
特に忘れられないのは、シーモール屋上の遊園地。遊具や乗り物が並び、週末になると家族連れで賑わっていました。アイドルのイベントやミュージカルも開催され、街全体が華やかでどこかキラキラとしていた時代でした。
あの頃の下関は子供にとっても大人にとっても、「シーモールに行けば何か楽しいことがある」そんな場所だったのです。
🍽️ 大和町の大丸で過ごした家族との時間
現在は竹崎町ですが以前は大和町にあり、当時は家族でよく出掛けた思い出があります。
親に連れられて入ったファミリーレストラン。少し特別な日だけ食べられるハンバーグやパフェ。店内のざわめき、テーブルの木の感触、あの頃の空気は今でも鮮明に思い出せます。
子供の私にとって、大丸は「背伸びをして入る場所」であり、家族との大切な時間が詰まった思いでの箱のような存在でした。
🌅 閉店は寂しいけれど、復活を願う気持ち
大松下関店が閉店するという事実は、街の歴史が一つ終わるような寂しさを感じさせます。
けれど私は、いつかまた大丸が下関に戻って来てくれる日をどこかで静かに願っています。
百貨店という形ではなくても、新しいスタイルで、また街に活気を齎してくれるかもしれません。時代は変わっても、人の思い出は消えません。
大丸があったからこそ生まれた思い出があり、その記憶はこれからも私の中で温かく輝き続けます。