🌻 博多祇園山笠の季節がやってきましたーーテレビ中継を観て感じた「夏の訪れ」

毎年7月なると、福岡・博多の街は独特の熱気に包まれます。テレビで博多祇園山笠の生中継を観ていると、「あぁ、今年も本格的な夏がやってきたなぁと」としみじみ感じます。

私はまだ実際に現地で山笠を観たことはありませんが、画面越しでも伝わる迫力と勢いは圧巻。本日は、博多祇園山笠について、歴史や見どころを紹介したいと思います。

■ 780年以上続く伝統的行事ーー山笠の起源は鎌倉時代

博多祇園山笠は、毎年7月1日~15日に行われる旗化の夏の風物詩。その歴史はなんと780年以上前、鎌倉時代にまで遡ります。
1241年博多の町に疫病が流行した際、承天寺の開祖・聖一国師円爾(しょういちこくし えんに)が施餓鬼棚(せがきだな)を担いで町を練り歩き、疫病退散を祈願したことが始まりとされています。

この長い歴史と文化的価値から、
・国の重要無形民俗文化財
・ユネスコ無形文化遺産(2016年登録)
にも指定されている、世界的にも評価の高い祭りです。

■ 博多の総鎮守・櫛田神社と「櫛田入り」

博多祇園山笠と深く結びついているのが、博多の総鎮守・櫛田神社。山笠の最大の見どころの一つが、舁き山笠(かきやま)が境内に駆け込み、清道旗(せいどうき)を回って神前で勇姿を披露する「櫛田入り」です。この瞬間の緊張と迫力は、テレビ越しでも息を呑むほど。現地で観たら、きっと体の芯まで震えるような臨場感でしょうね。

■ 山笠を支える「七流(しちながれ)」という町組織

山笠の行事は、博多の町内組織である「流(ながれ)」を単位として運営されています。その起源は、豊臣秀吉が天正15年(1587年)に行った「太閤町割り」。
東は御笠川、西は博多川を境に町割りを行い、十数カ町をまとめた区画を「流」と呼んだことが始まりです。
現在の七流は以下の通りです。
・大黒流
・東流
・中州流
・西流
・千代流
・恵比寿流
・土居流
それぞれの流が誇りをもって山笠を担ぎ、博多の街を駆け抜けます。

■ 7月12日「追い山笠ならし」ーー本番さながらの予行演習

毎年7月12日に行われる「追い山笠ならし」は、7月15日の本番「追い山笠」に向けた予行演習のような行事です。
・全七流が参加
・一番山笠から順番に出走
・コースは約4km(櫛田神社→旧東町筋→大博通り→旧西町筋→奈良屋町廻り止め)
・スタート時刻は毎年15時59分と決まっている

テレビで観ていても、担ぎ手の掛け声、スピード、熱気が画面から溢れ出すようで、思わず息を止めて見入ってしまいます。

■ 博多の夏を告げる祭り

博多祇園山笠はただの祭りではなく、博多の人々の誇り、歴史、絆が詰まった特別な行事です。
私はまだ現地で見たことはありませんが、テレビ中継を観るだけでも胸が熱くなるほどの迫力があります。
いつか実際に博多の街で、山笠が駆け抜ける音と熱気を肌で感じてみたいものです。